純文学という思想 
小林敦子 著

2019年9月30日発行
定価:本体4,500円+税
A5判・上製・288頁
ISBN:978-4-909832-10-8
在庫あり

各種オンライン書店での購入
書店様向け注文書


純文学とは何か―北村透谷・志賀直哉・高見順たちが繋いできたもの―

私小説の時代は終わったが、我々は我々自身の生を否定するところまでは行っていない。
生とは何か、ということを追求せずに、純文学を否定してよいのか。
純文学の作家たちは、徹底して「生」について考えた。
生は自らの内にあり、内部生命は何ものにも従属してはならず、その先に他との出会いがある。


著者

小林 敦子(こばやし・あつこ)
1978年、北海道生まれ。
京都大学博士後期課程修了。博士(文学)。
現在、就実大学人文科学部表現文化学科准教授。
著書に『生としての文学 高見順論』(笠間書院、2010年)。


目次

 純文学とは何か
「純文学」言説の歩み
a 「純文学」の語の登場
b 大正末の「私小説」・「心境小説」
c 一九三〇年代の「純文学の危機」
d 一九六〇年代の純文学論争
 指標としての高見順

第一章 文学の独立

文士
 文学の独立
a 北村透谷がひらく道
b 「社会」からの独立
c 読者からの独立―文壇の意味

第二章 私小説の意味

「私」をめぐって
a 私小説批判
b 「私」の解体と制度論
 私小説の意味
a 何が私小説か、誰が私小説作家か
b 私小説の極致としての心境小説
c 小説というものの宿命的性格―「私」の叙事
d 生の流れとしての小説
e 私小説の「私」―「私」・作品と一体化する「私」
f 私小説と他者―「私」ならざるものへ

第三章 純文学とその先

 純文学―自我の拡充としての文学
 内なる歴史と純文学
a 「歴史小説」をめぐる問題
b 内なる歴史と純文学


あとがき
索引[書名・人名・事項]