古事記編纂の論
金井清一 著
2022年12月12日発行
定価 12,100円(10%税込)
A5判・上製・404頁
ISBN:978-4-909832-60-3
天武王権の正統性を示すために
古事記の本質は、序文の「国家の政治機構の根幹(邦家の経緯)」「帝王の統治支配の基盤(王化の鴻基)」の語句によって貫かれている。
古代的なものを含み残しながら、中国の歴史観を受容し、新しい時代への対応を進める王権の唯一正統な史書であろうとしている。その様相を、成立論、序文論、神話論の三部構成で論じる。
「呪的信仰という古い社会を規制した観念の枠組みを、新しい政治的な権力が打ち破ろうとする時代を背景に、こうした神話の改纂も可能になるわけだが、当代の新しい政治的権力というものも換言すれば大きく変革してゆく時代の文化の流れの中の一端なのである。そうした文化の流れのなかから、スサノヲの心情表現の論理も生まれてきているのだということが、当該ウケヒ神話を読み込んでゆくと自ずと分かる。文学の生まれる場所が、こんな処にあったのだと、道行く人が路傍の花に気付かされるように古事記を読む人に気付いてはもらえないだろうか、と古事記を七世紀末から八世紀初頭の文学性を多分に持った作品と考える私は思うのである。」——「第三部 第二章 11」より
金井 清一(かない せいいち)
1931年、埼玉県に生まれる。
1957年、東京大学文学部国文学科卒。
1965年、東京大学大学院博士課程満期退学。
現在、京都産業大学名誉教授。
主な著書
鑑賞日本の古典1『古事記・風土記・日本霊異記』(尚学図書・曽倉岑氏と共著 1981年)、『万葉詩史の論』(笠間書院 1984年)、日本の文学 古典編『古事記』(ほるぷ出版 1987年)、『万葉集全注巻第九』(有斐閣 2003年)、『古代抒情詩『万葉集』と令制下の歌人たち』(笠間書院 2019年)など。
はじめに
凡例
第一部 成立論
1 律令制下の古事記の成立
一 記と紀との反撥性
二 大宝律令と粟田真人
三 古事記の根拠としての神話
四 律令と天皇制
五 遣唐使の帰朝と平城遷都
六 大宝律令改訂と不比等
七 宣命を忌避する不比等
八 神話の古事記と非神話の書紀
2 古事記の成立――正史『続日本紀』の不記載をめぐって――
一 古事記成立の資料欠如
二 「正史」の持つ性格
三 古事記の正史的性格
四 「脱倭入唐」による古事記否定
第二部 序文論(附、三巻区分論)
3 和銅五年の天武天皇
一 記序の性格
二 壬申の「乱」の意義
三 天武政権の性格
四 記序における天命思想
五 「乱」の克服と天命思想
六 持統朝の性格
4 古事記序文私見――稗田阿礼の誦習したもの――
一 はじめに
二 「誦習」の従来説
三 「誦習」の第一段階
四 複数資料群
五 資料群の表記の多様性
六 阿礼の仕事
七 附言
5 上・中・下巻の構成
一 宣長の三巻区分説
二 西郷信綱氏の区分論
三 上巻論
四 中巻論
五 下巻論
第三部 神話論
序章
6 神話論叙説
一 中大兄の思考、現実の根拠認識
二 古事記の神話性と書紀の歴史性
三 書紀に残る神話性
四 書紀による記神話の否認
五 宣長の神話論
六 古事記の天照大御神
七 昭和時代の記・紀神話研究
第一章 天神諸の神話
7 身を隠したまふ神
一 はじめに
二 書紀には無い「隠身」神
三 「隠身」神の解釈両説
四 ムスヒの神の「隠身」性
五 神の具象性
六 「隠身」の具体例
七 「隠身」の存在意義
八 タカミムスヒの神の「隠身」性
8 「天神諸命以」論
一 はじめに
二 別天神と神世七代の神々
三 諸説検討
四 「天神諸」の総称性と非特定性
五 神野志説検討
六 寺川説検討
七 「命以て」の表現機能
八 「天神諸」の尊貴性
9 「修理固成」の及ぶところ
一 はじめに
二 「修理固成」の完成時各説
三 「作る」という語
四 「作」の多義多様性
五 大国主神の「国作り」
六 歴代天皇の「国作り」
七 天皇の権威の淵源
第二章 アマテラスの神話
10 天の安の河のウケヒの意義――スサノヲの清明とアマテラスの子生み――
一 はじめに
二 天の安の河のウケヒ問題点
三 「自ら吾が子」という詔り分け
四 アマテラスの勝ちとスサノヲの「勝ちさび」
五 「勝ちさび」と邪心
六 アマテラスに配慮したウケヒ神話
七 女神で潔白という表現
八 スサノヲの清明心の機能
九 アマテラス子生みの必要性
一〇 複数男神の必要性
一一 まとめ
11 天の安の河のウケヒ 再論――文学の生まれるところ――
一 四つの疑問の再確認
二 オシホミミを必要とするアマテラス
三 五男神の一体性
四 「女神」を得ての清明心証明
五 事前の条件設定の無い理由
12 イシコリドメと天拔(糠)戸の名義をめぐって
一 鏡作りの祖神たち
二 イシコリの意味
三 鏡背面の彫刻法
四 アマツマラの役割
五 鏡面の研磨
第三章 スサノヲの神話
13 古事記におけるスサノヲの立ち位置――高天原追放以後のスサノヲ――
一 はじめに
二 天照大御神の伊呂勢
三 草那芸之大刀。那芸二字以音
14 スサノヲから大国主へ――「草那芸之大刀」補論、及びスサノヲの予祝呪言――
一 「草那芸之大刀」補論
二 スサノヲの予祝呪言
第四章 天神御子の神話
15 古事記の「高千穂」「笠沙」「韓国」をめぐって――その想定空間の検討――
一 はじめに
二 高千穂の岳・高千穂宮
三 笠沙の御前
四 韓国
16 古事記の「いたくさやぎてありなり」――その再出の意義と構想について――
一 同一文言の再出理由
二 二つの異なった状態を表す「さやぎてあり」
三 「さやぎてあり」状態の解決法
四 「さやぎてあり」状態の検討
五 禅譲と放伐と――中国思想の受容
17 ニギハヤヒの「天津瑞」――「瑞」の原義と用法意図について――
一 はじめに
二 「天津瑞」の訓と具体的実体
三 「瑞」について
四 古事記伝の解釈
五 「瑞」と「水」と「玉」について
初出一覧
あとがき
索引[神名・人名・書名/件名(事項)]
■『萬葉』第237号(2024年3月)に書評が掲載されました。
【評者 阪口由佳氏】
「……本書の魅力は各論の結論だけではない。その結論を導くための著者の論理構成、いかに読者を説得するかという著者の周到な説明、練られた文章表現、言葉選びのセンスに圧倒される。」
■『国語と国文学』第101巻第3号(2024年3月)に書評が掲載されました。
【評者 植田麦氏】
「本書は『古事記編纂の論』とあって、たしかに編纂そのもの、つまり成立に関わる論もあるが、一方で作品のあり方についての論もある。その意味において、本書はまさに、およそ三十年の『古事記』研究を俯瞰するにふさわしいものであろう。」