学界展望 日本語の歴史的研究 2026年1月〜6月
(川島 拓馬)
日本語研究者が「歴史的研究」2026年前期の動向を振り返ります。
【学界展望】
日本語の歴史的研究 2026年1月〜6月
川島 拓馬(富山大学講師)
今期も、日本語史に関する多数の研究成果が公表された。これだけ活発に研究活動が行われている分野であるという事実は、展望を担当した稿者にとって心強さを実感させるものであった。以下、幾つかのトピックに分けた上で、稿者なりの理解に基づいて今期に見られた研究について述べていきたい。
目次
1.資料を探索する、そして解き明かす
大半の日本語史の研究は何らかの資料に基づいて行われるものであり、用いる資料の性格についてよく知る必要があることは言うまでもない。研究者各自がそれぞれのやり方で資料と向き合うことによって研究は進められていくのだが、資料を精緻に読み解いていくことで資料それ自体の新たな一面が見えてくることもある。それは新たな研究を支える礎となり、また当時の人々のことばとの結びつきを窺い知る手がかりともなるだろう。以下では、資料の特性を詳らかにし、日本語の歴史に対して示唆を与えている研究を挙げていく。
辞書については、まず佐藤貴裕『節用集史研究の射程』(武蔵野書院、1月)*を取り上げたい。本書は節用集をめぐる言語生活史・文化史を取り扱ったものであり、取り上げられる事象は多岐にわたる。節用集を実際に手に取って利用した人々の姿が窺えるような内容で、読んでいてたいへん面白く、刺激を覚える。辞書の特徴として著者は「言語生活に資することを目的に作られる」点を挙げるが、そうした辞書という資料を取り扱う研究としての問題意識の広さを遺憾なく発揮した研究書となっている。藤本灯(編)、阿辻哲次・池田証寿(監修)『字典・詞典の研究』(勉誠社、2月)*は、古今の辞書(漢字を扱う「字典」と語を扱う「詞典」を包括したものを指す)を対象とした総合的な論文集である。収められた論考は多様な観点に基づくものであり、辞書研究の最前線を窺うことができる。
『日葡辞書』については、中野遙氏の研究が意義深いものであった。「キリシタン版『日葡辞書』の接続詞 ou について—『邦訳 日葡辞書』と『日葡辞書』原文の比較から—」(『訓点語と訓点資料』156、3月)*は、ポルトガル語釈で多用される接続詞 ou(英語でいう or)について分析したものであり、その多用の要因を『日葡辞書』の主たる語釈が一文で示されることに求めている。「キリシタン版『日葡辞書』の日本語注記の背景について—訓釈と置換語釈を中心に—」(『国語語彙史の研究 四十五』和泉書院、3月)*は、『日葡辞書』における置換語釈の形式が先行する資料と類似することを指摘したもの。2024年に発見された新出資料「トゥールーズ日葡辞書稿本」の調査もあり、有用である。いずれも邦訳からは分からない、資料の特徴を丹念に洗い出した研究成果として貴重なものと言えるだろう。
林楚宜「『類聚名義抄』における和訓の基礎統計」(『表現技術研究』21、3月)*は、観智院本と図書寮本を比較することで、和訓の分布状況の違いを示している。基礎的なデータを提示することで辞書の特性を明らかにしたものであり、また古辞書データベースの可能性を示した研究でもある。
音韻史についても重要な成果が相次いだ。加藤大鶴・石山裕慈・佐々木勇(編)『日本語と漢字音・漢語音』(勉誠社、6月)*は、漢字音研究の基礎資料や捉え方に関する解説があり、必ずしもこの分野に明るくない者も対象とした設計になっている点が特長である。編者らによって構想・構築された「資料横断的な漢字音・漢語音データベース」(DHSJR)*の紹介およびその利用可能性についてさまざま言及があり、データベースの整備によって研究分野が今まさに進展していくさまを見ることができる。
江口泰生『A. タタリノフ著『レクシコン』による日本語研究—附:『レクシコン』翻字・翻訳と注釈—』(和泉書院、2月)*は、ロシア語・日本語対訳辞書である『レクシコン』が18世紀の下北方言をよく反映していることを示すが、音韻史との関わりが興味深い。漢語が和語の中に定着していく過程を踏まえて理解することによって、多くの論点に示唆を与えるのだと思われる。本書はロシア資料の概観や、当該資料の研究史についても言及があり、専門でない者にとってもありがたかった。
中村明裕『荷田春満と日本語音調史の研究』(ひつじ書房、2月)*は、国学の始祖とされる荷田春満とその門人による語彙集を分析し、これに基づいて当時の音調体系を考察したものである。資料からは近世京都方言のアクセントが窺えるとしながらも、複合名詞についての調査からは従来近世期には見られないとされてきた法則に従うことが明らかにされるなど、アクセント史に対する貢献は大きいだろう。さらに、これまで国語学が学問の中心ではないと見なされてきた春満について、その言語研究の内実を踏まえ積極的に評価していこうとする点、日本語学史においても重要な提言と言える。
竹村明日香「謡伝書における助動詞ヌのアクセント区別—胡麻章が示し分ける打消と完了—」(『語文』124・125、2月)*は、「雪降らぬ日」のような打消の「ぬ」と「雪降りぬ」のような完了の「ぬ」について、謡の秘伝書に付された胡麻章からそのアクセントを解釈したものである。他のアクセント資料との比較も含め丁寧に検証が行われており、謡の世界における言語認識の有り様の一端を描き出している。
髙木美音「今様における特殊音のあらわれ方」(『国文学論考』62、3月)*は特殊拍の性質について分析したものだが、今様形式の歌謡における字余りを手がかりとする点は興味深い。今様における特殊拍の立つ位置を綿密に調べ上げた結果は、注目に値するだろう。
漢字については、篠原広「近世の水運資料に見える「はしけ」の漢字について」(『日本漢字学会報』8、6月)*が印象に残った。川船の一種「はしけ」を表す漢字である「艀」【舟+分】【舟+冩】【舟+写】を取り上げ、水運関係資料をはじめとした資料の博捜により字の来源について検討したものである。「はしけ」の漢字は、水運関係者の間で多用された位相漢字と考えられることを指摘する。各字の字形に対しても検討を行っており、【舟+写】の成立過程については幾つかの傍証も挙げられ、十分検討に値する説ではないかと思われる。
王沁臻「五国史に於ける「因」「由」「依」の用字法について」(『上智大学国文学論集』59、1月)*は、3つの用字法の特徴に対して整然とした説明を試みたもの。五国史の語学的研究の可能性を提示した点でも重要と言える。
表記体および文体については、宇都宮啓吾「十一世紀における漢字仮名交じり文について—大御室性信の口決資料を手懸かりとして—付『阿弥陀口決』翻字本文」(『訓点語と訓点資料』156、3月)*が、資料の特色を考えるという点で非常に興味深い論考であった。考察対象とする口決資料の持つ「口伝・口誦を記録する」という性質から、資料の表記体や語法との関わりについて論じている。漢字仮名交じり文や和漢混淆文の性格を考える上でも注目すべき論であろう。
資料から窺える言語の地理的バリエーションに注目した研究も目立った。堀畑正臣「室町後期の九州地方の古文書・古記録に見える「篇目」をめぐって」(『国語語彙史の研究 四十五』和泉書院、3月)*は、「争乱」の意の「篇目」が九州地方特有のものであることを示す。古文書の言語に見られる地域性については明らかにされていないことも多いと思われ、こうした論証が行われることの意義は大きい。
西谷龍二「曾我廼家五郎の喜劇脚本における関西方言の検討—ナサル・ナハル・ヤハル・ハルを対象に—」(『国語語彙史の研究 四十五』和泉書院、3月)*は、明治・大正期の諸資料から、関西方言の敬語表現の使用状況を丁寧に調査・整理したもの。複数の観点を織り交ぜることで脚本の資料性を明らかにしており、ジャンル的な変異を意識した研究と位置づけられる。

