軍記物語講座の始発◆シリーズ企画会議を公開

このたび、花鳥社では、2019年秋から2020年春にかけて、松尾葦江編「軍記物語講座」全4巻の刊行を予定しています。

 松尾葦江編「軍記物語講座」全4巻
  第1巻『武者の世が始まる』     2019年11月刊
  第2巻『無常の鐘声―平家物語』   2020年5月刊
  第3巻『平和の世は来るか―太平記』 2019年9月刊
  第4巻『乱世を語りつぐ』      2020年3月刊
   *各巻仮題・定価未定。

2018年9月には、第1回配本『平和の世は来るか―太平記』(第3巻)についての内容構成検討会議を行いました。4名の研究者による議論は尽きることなく、すべてを収録することはかないませんが、以下にその様子をお届けします。
本巻は、太平記の歴史との関係や、成立と展開、諸本の問題など、基本的な項目はもちろんのこと、和歌・連歌、漢詩文、宗教、芸能、日本語学などの多彩なテーマで構成し、主要3本記事対照表も掲載します。どうぞご期待ください!


軍記物語講座の始発

【出席者】
 小秋元段(法政大学)
 北村昌幸(関西学院大学)
 和田琢磨(早稲田大学)
 松尾葦江(司会)
【日にち】2018年9月23日(日)
【場所】法政大学市ヶ谷キャンパス

【目次】
1. 本講座の目論見
2. 宗教との関係・中国との関係
3. 太平記の思想とは
4. 歴史学と文学との距離感
5. 太平記の表現—和歌的なものと漢文的なもの—
6. 日本語学から見た太平記
7. 書名について


1. 本講座の目論見

松尾 お忙しい中を、遠くからも来ていただいてありがとうございます。今回のシリーズ企画は、「いま軍記物語で一番元気がいい『太平記』で論文集を出して、新しい国文学の仕事を世に問うのはどうか」という提案を出版社にしたところからスタートしました。私の考えたことはこうですー軍記文学研究叢書(全12巻、汲古書院、1997-2000年)、あれは大きな企画で、太平記だけでも2冊あって、当時の軍記物語研究者殆ど全員に執筆させて。今思えばあれができたというのは、軍記物語研究自体が盛んでもあったけれども、編集に当たった方は4人おられましたよね、山下宏明さん、梶原正昭さん、長谷川端さん、栃木孝惟さん。その方々はお互いに一つの山を形成しながらも、仲が悪くなかった。それぞれいい仕事をなさって、全体として軍記物語研究のピークを作られた。そういういい時代だったんだけども、いま振り返ってみたら、あれからかれこれ20年経って、状況も変わってきているし、そもそも人文学系で20年も見直しが行われないというのは、一種の怠慢でもある、と思ったわけです。じゃあ何ができるかって考えたら、全部で12冊の叢書を出せるような体力のある出版社はいま望めないし、共編者も揃わない。それに、どんどん研究の分野が広がっていって、広がっていくのはいいんだけれども、何か文学の研究じゃないみたいな。今はいいですこれで、百花繚乱で。だけど、10年とか15年経ったら、中にはもう何やってるか分からなくなる分野もありそうで。そうだとすれば、15年後に、受け継ぐにしろ、否定するにしろ、そこから出発できる頭出しを今、しておかないと、いわゆる文化史とか、そういうものの中に軍記物語研究はメルトダウンしていっちゃう、そういうことに思いが至りまして、じゃあ一番元気のいい太平記から発信してみようか。そして、もしもうまくいきましたら、全4冊の軍記物語講座を目指そうかと。まず太平記がどこまでいけるか、今日みなさんのご意見や、見通しを伺ってスタートしようと思っています。
それで、出版社の提案だと、A5判、300ページくらい。論文1本が400字×35枚で15本、それに付録をひとつつけて。一般の読者や現場の教員が、太平記を理解するときにいちばんネックになる問題を解決するような資料をつけたい。天正本と流布本、玄玖本でもいいけれども古態本を比べたときに、ぱっと見て分かる、巻立てとか年代の違いが分かるような付録が有益かなと思ってるんですけど。そんなものがいいかどうか、作れるか、というのも今日のご相談です。〈目次案を配布〉。この3人の中で司会者を決めた方がやりやすいですか。そしたら決めて貰って。
小秋元 松尾先生が全体の案をお考えになっているので、それに沿って我々がいろいろコメントしていった方が。

松尾 では、まずおおよそどんなことを項目としますか。私が今まで本を編集する時には、ゆるやかな題目をお出しして、「ご自由に書いてください」でやってきたんですね。その方がいいものができるから。でも今回はそれでやると、単に今までの延長線上か、あるいは事典のミニチュア版みたいになりそうな気がして怖いので、もしほかの3冊も作るとしたら、もっとタイトな項目を立てようと思ってるんです。太平記の場合は、いちおう常識的な項目を挙げておいたんですけれども、これでいいかどうか。それから、軍記文学研究叢書には軍記物語っていう冊もあったんですよね、2冊。それは今回立てられないので、それに代わるような論題を各冊に1、2本ずつ入れていこうかなと思ってるんです。太平記の場合には、南朝歌壇の論文を1本入れるかなと。つまり、軍記物語のジャンルだけに固まらないように。
それと、太平記に詳しい方が、ここ20年の間にだいぶ鬼籍に入られましたよね。そういう方の業績もふまえて、それが今の我々にどう関係があって、どう発展させていけるか、あるいは何が足りないか、とかいうことを入れるとすれば、研究史で1本立てるか、それとも各項目に入れるかっていうので悩んでいます。

2. 宗教との関係・中国との関係

小秋元 私がこの目次案を見ていて、ちょっとこれは成り立つかと疑問に思ったのは、「神道思想」というところなんですが……。
松尾 これどうでしょう。
小秋元 松尾先生のイメージでは、たとえば、三種の神器やそれをめぐるエピソードみたいなものを想定されているんでしょうかね。
松尾 いや、太平記ってあんまり宗教的なことを論じられないけど、それでいいのかなっていう。説話の方からしか取りあげられないけど、いろいろ縁起類や寺院の記事も入っていますよね。
北村 でも、私も、神道思想の関係って言ったときに、思いつかなかったんで。
松尾 思いつかない。
北村 神功皇后と住吉明神の話なんかが、ちらっとありますけど、でもそれ以外に何があっただろうっていうと、ぱっと思いつかなかったので。
松尾 太平記に関しては、神道思想は、あまり大したことがない?
北村 何か言えるかどうか難しいなあというふうに思いました。
松尾 そうですか。じゃあ項目から削っても。ちょうど太平記の頃が神道思想の変化を言われる時代だから、その影響が太平記に何か見えるんであれば、と。
小秋元 だとすると、現時点では相当大きな挑戦になると思います。
松尾 ああそう。
小秋元 なかなか難しいかもしれないですね。
松尾 じゃあそれは、降ろしてもいい。
小秋元 仏教についても、やはり平家物語と仏教との関係とは異なり、太平記にとっての仏教というのは、作品の思想を支えるものではないので。
松尾 そんなもんですか。
小秋元 ええ。ただ今後、もしかしたら「太平記と禅宗」っていうのはテーマになりうる。
松尾 やるとすれば禅でね。
小秋元 ええ、やるとしたらそういうことに。仏教的背景といった場合には禅と関係させると、将来の研究につながる可能性があると思いますね。
松尾 宋学との関係はどうですか。この頃言われ始めたのかな。
北村・小秋元・和田 そうですね。
松尾 入れるとすれば、思想史ですかね。
小秋元 例えば、宋学といった場合には、朱子学だけではなくて、それに付随して宋元代の流行の文芸などがセットになって太平記に流入していると考えたほうがいいと思います。そうすると、目次案に「類書や漢文学との関連」とあるのですが、これを和製類書や伝統的な漢文学の影響に限定をして、もう1本は、宋元代の思想や文芸と太平記との関係を扱うものがあるといいのかなというように思いますけどね。
松尾 それは賛成。1本は「類書・注釈文芸との関連」で、今まであんまり太平記の論集の中にないでしょ、こういう項目が。で、漢文学との関連では、私迷っているんですよ。ひとつはその宋学との関連なんだけど、もうひとつはかつて、増田欣さんがなさったような、典拠というとちょっと狭くなりすぎるけども、その問題を20年後見直したら、違う見方が出てくるかなあと思って。特に増田さんは非常に由緒正しい漢籍をご覧になっていたけど、今はそうでもないでしょう?
小秋元 はじめに増田欣先生は、三史、『文選』、『白氏文集』が基本になっていて、作者が古典的な知識を基盤にしていたことを指摘されました。その後、研究の第二段階として、黒田彰先生が中世史記や『胡曾詩抄』との関係を明らかにされ、柳瀬喜代志先生が『詩人玉屑』や『三体詩』など、日本中世に流行した宋代の詩話・詩集の影響を究明されました。そして最近では、宋元代の文芸を享受していた可能性も考えるべきだろう、というふうに、研究の発展の過程が認められるのです。
  参考:増田 欣 『『太平記』の比較文学的研究』(角川書店、1976年)
     黒田 彰 『中世説話の文学史的環境 正・続』(和泉書院、1987年・1995年)
     柳瀬喜代志「中世新流行の詩集・詩話を典拠とする『太平記』の表現」
           (和漢比較文学会編『軍記と漢文学』汲古書院、1993年)

松尾 三層になるってことね。そうするとどうですかね、2本論文を立てる? 中国文学との関係で。
小秋元 おそらく、漢文学を対象にすると、宋元代の文芸まで含めなければならなくなるので、「平安・鎌倉の漢籍受容のあり方の延長としての太平記の漢籍受容」という問題に1本目を限定して、そこから外れるものを扱うのがもう1本になるとよいのではないでしょうか。
松尾 何ていう題をつけたらいいですか。
小秋元 太平記と宋元文化。ちょっと、うまく今言えないんですけど。