シンポジウム「保元物語・平治物語の注釈から」

(質疑応答 つづき)

4. どの本文を選ぶか
松尾 『保元物語』では、清水さん、諸本を見直すとすると、どの本をどういう目的で使うべきですか。
清水 どの本をどういう目的で?
松尾 つまり、目的によって違うでしょ?
清水 はい。
松尾 『保元物語』の何を見たいかによって、本文を選ぶ。
清水 やはり、歴史の方は古態っていうこともあるし、それで半井本を使っていると思うんですよ。
松尾 で、今回四類本にしたのはなぜですか、今なさっている注釈(講談社学術文庫)の底本を。
清水 それは、岩波文庫で半井本が出されると聞きましたので。
松尾 ああ、それとぶつからないために。
清水 そうです。
松尾 なぜ流布本じゃないの?
谷口 それは、私が『平治物語』を四類本でやったから。
松尾 それに合わせたと。
谷口 セットになるから。
松尾 ああ、セットになるんですね。谷口さんは、ずっと以前から四類本でやっていらしたんですよね。
谷口 四類本はもうずいぶん読んでますね。
松尾 それはなぜですか、四類本で『平治物語』を読もうというのは。
谷口 四類本は活劇を見ているようで、とにかく読んで面白い。それと私が『平治物語』に取り組み始めた時代には一類本は、簡単にいい本が手に入らなかった。
松尾 それ問題だと思うんですよ。いま一類本を取り合わせでやっているでしょ。それで、本当に『平治物語』の古態本と言っちゃっていいのかと。少なくとも研究者の姿勢として、それでいいのかって、ずっと疑問に思っているんですけど。どうでしょうか。
早川 それは一応私、論文に書きました(「『平治物語』成立論の検証―成立と本文について―」『軍記と語り物』41号、2005年3月)ので、さきほどもちょっと言いましたけどね。だからそういうことを割り引いて読んでいかなくちゃいけないよ、というのは基本的な姿勢ですよね。
松尾 現在は、仕方がないってことですか。
早川 そうですね。
谷口 でも『平治物語』に関してだけど、『平治物語』の四類本系諸本のなかの異同より、一類本系諸本のなかの異同のほうが大きいんですよね。
松尾 一類本のグループ内の。
谷口 同士の。一類本に分類されている諸本のなかをちょっと点検していくと、ずいぶんと違いが大きい。四類本は、私は、金刀比羅本系と蓬左文庫本系、ふたつに分かれるということをやってみて、その間の違いっていうのはそれほどではない。四類本を校合していくと、比較的、四類本の原本文にたどり着けるところが多いですね。
松尾 私も昔、一類本の上・中・下巻並べてみて、こんなに違うのに取り合わせちゃっていいのかな、一揃いにするには何の保証もないのになあと思って。ほかの本から比べると、同種のグループに括れるっていうだけでね。それで『平治物語』は、やりにくいなと思ってるんですけどね。
谷口 河野美術館、あそこの本もずいぶんと手が入っているような気がしますし、同じ一類本でありながら。
清水 谷口さんは蓬左文庫本で?
谷口 はい。
松尾 清水さんが『保元物語』四類本の底本を、九条家本(学習院蔵本)にしたっていうのは、どうしてですか。九条家本は四類本の中でいい本なのかどうか。
清水 いいっていうよりは、中間的な形態だっていうのは、確かにそうかなと思います。
松尾 中間的っていうのは?
清水 宝徳本系と同じ部分もあれば、金刀比羅本と同じ文言もあるし、ということですね。
松尾 それ、実は問題じゃない?中間の形態っていうのは、一番扱いにくいのでは。
清水 そうですね。だから結構、注釈をやっていても、四類本のなかでの異同を説明するところが多くなってしまっていますので、一般の人にはどの程度まで必要なのかなと思いながらやっています。違いを拾っていくと、けっこうこれは宝徳本と似ているかな、これは金刀比羅本と似ているかな、というところが多いような感じはします。巻ごとにどうかというところまではいたっていません。
早川 原水さんはこういうふうに言っていると思いますよ。学習院蔵本(九条家本)は、欠脱省略は比較的少ないが、小さな本文改変が全体を通して見られる伝本(266頁)、というふうに。
清水 でも九条家本に独自の記事というのはそんなにないような気はします。
松尾 ああそう。
清水 独自にここは変えたなっていうのはそうたくさんは出てこないです。ただ、やはり保存がいいのと、あとはルビがすごく多いので、どういうふうに読んでいけばいいのかが分かる。ちょっとしつこいくらいにルビが多いです。
松尾 そのルビの読みは、その時代のものと思っていいんですか。
清水 そこまではまだ検証してはいないですね。
早川 同筆であることは確かなんですか。
清水 それは、たぶんですけど、同筆だと推測しています。
松尾 写本としては同筆。で、いつごろの写しですか。
谷口 四類本は『保元』『平治』とも宝徳本だけは時代が分かっていて、あとはさっぱり分からない。ひょっとしたら江戸時代。
松尾 年代が分かっているから、宝徳本がいいと言われるのかな。
清水 そう思います。
谷口 宝徳本は、対になる『平治物語』がないんですよね。
清水 だから、四類本全体を宝徳本といっていいのかなというところで、さっきちょっと質問をしました。
松尾 そこですね。まあ『保元物語』の諸本を一番沢山見ているのは原水さんに違いないので、その判断は尊重したいけれども、私は「宝徳本」で四類本全部を指すのには抵抗がある。少なくとも「宝徳本系統」という言い方がいいですね。
清水 そのほうがいいような気がします(原水民樹・犬井善壽氏は共に「宝徳本系統」と言っています)。あともう一つ、さっき言わなかったんですけれども、三類本の位置づけについても、原水先生の意見は違うんですよね。
早川 そうですね。
清水 永積先生と違う。京図本は後だとみてる。
早川 そうそう。金刀比羅本よりあと。
松尾 早川さんは京図本を昔、なさったでしょ。
早川 やりました。
松尾 どうですか、評価は。
早川 まあそういう感じだろうと思いますけど。
松尾 原水さんの言う通り。
早川 はい。
清水 錯簡みたいなのが多いんですよね。
松尾 使いにくい本?
清水 使いにくい。
早川 読むと面白い。
松尾 どういうところが?
早川 やっぱり面白おかしく作り替えてますね。話自体を。
松尾 現代ではひろく読者向けに出版されていない本文にも、それぞれの面白みや主張があって、中世以来、それなりの支持を受けて伝存してきたことの意味を、もういちど考えてみる必要がありますね。本日はどうもありがとうございました。


【参考文献】
永積安明『中世文学の成立』(岩波書店、1962年)
犬井善寿「宝徳本系統『保元物語』本文考」(『和歌と中世文学』東京教育大学中世文学談話会、1977年)
原水民樹『『保元物語』系統・伝本考』(和泉書院、2016年)
早川厚一・弓削繁・原水民樹編『京都大学附属図書館蔵保元物語』(和泉書院、1982年)
座談会「室町のこころと文芸、そして絵画」(『国文学解釈と鑑賞』第56巻3号、1991年3月)

【講師紹介】
早川 厚一(はやかわ・こういち)名古屋学院大学名誉教授
最近の業績:
『平家物語を読む』(和泉書院、2000年)
『四部合戦状本平家物語全釈』(共著。和泉書院、2000年~。既刊五冊)
「『保元物語』の諸問題」(『名古屋学院大学論集人文・自然科学篇』41巻2号、2005年1月)

清水 由美子(しみず・ゆみこ)清泉女子大学・中央大学・成蹊大学・白百合女子大学 非常勤講師
最近の業績:
『校訂延慶本平家物語(十二)』(共著。汲古書院、2008年)
「四類本『保元物語』の時代認識―冒頭のことば「中比」をめぐって」(『成城国文学』32号、2016年3月)
「『保元物語』の流動―平基盛の造型をめぐって」(『中央大学文学部紀要』119号、2017年3月)

谷口 耕一(たにぐち・こういち)元三重県立桑名西高等学校教諭
最近の業績:
『校訂延慶本平家物語(一)(三)(九)』(共著。汲古書院、2000年~2002年)
「八帖本平家物語の周辺―普賢延命鈔紙背文書に関係する人々―」(『古代中世文学論考』第27集、新典社、2012年)
「平治物語における語りと物語―義朝の東国落ちをめぐって―」(『國學院雑誌』第113巻6号、2012年6月)

松尾 葦江(まつお・あしえ)
最近の業績:
『軍記物語原論』(笠間書院、2008年)
『源平盛衰記 五』(三弥井書店、2007年)
「『平家物語』の表現―叙事に泣くということ―」(『和歌文学研究』118号、2019年6月予定)


松尾葦江編「軍記物語講座」全4巻は、今秋から刊行をはじめます。
軍記物語研究に関連するエッセイ等、随時情報を発信してまいりますので、どうぞご期待ください。
  第1巻『武者の世が始まる』     2019年11月刊
  第2巻『無常の鐘声―平家物語』   2020年5月刊
  第3巻『平和の世は来るか―太平記』 2019年9月刊
  第4巻『乱世を語りつぐ』      2020年3月刊
   *各巻仮題・定価未定。